秋ですね。【フェルメール 「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展レビュー 】

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こんにちは。
ブタ丸です。

最近少し肌寒くなってきましたね。
世間ではすっかり秋です。 





さて、みなさんは、『秋』と聞くと何を思い浮かべるでしょうか? 食欲の秋、スポーツの秋などいろいろあると思いますが、僕の場合は『芸術』なんて言葉が 思い浮かびます。 秋はゆったりと落ち着いた気分になりますし、面白そうな展覧会もたくさん開かれるので、暇な休日は美術館などですごしたりしています。

そんなわけで、僕は先週の土曜日に新国立美術館で行われている『フェルメール 「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展』に行ってきたので、今日はそれについての報告をしたいと思います。 

さて、今回の展覧会ですが、最初に一言断っておきますが、

かなりマニアック した。そもそも、風俗画を取り扱ってるくらいなんで、皆さん、ある程度は想定していらっしゃるのかもしれませんが、フェルメールの名前につられていってし まうようだと、彼の作品は一点のみで、最初はかなり失敗した感にとらわれるので、行く前にすこし覚悟をしていかなければなりません。そういった意味では デートとかには適していないような気もしますが、そんなのへっちゃらだぜといった人向けに、今回はそんな中でも素人の自分が感じた面白いなと思った部分を 紹介したいと思います。


僕が展覧会を通じて面白いなと感じたことですが、大きくわけて三つあります。
一点目が当然ながら『フェルメール』、二点目が『風景画に画家たちが織り込んでいる思い』、三点目がオランダの画家特有?ともいえる『光の使い方』です。



まず一点目のフェルメールについてです。

フェルメールといえば、やはり超有名画家の一人としてみなさん認識されていますが、実は結構なぞに満ちた人物だそうです。たとえば、どうやって絵を学んだ のかなどは知られていなかったりします。フェルメールは生涯三十数点しか作品を残しておらず、検証が進んでいないだそうです。   

そんなフェルメールの特徴ですが、その練りに練り上げられた構図のすばらしさにあると言われています。

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例えば、今回展示された牛乳を注ぐ女も遠近法を使って人々の焦点を操ったり、女性を中心に広がる世界を演出するために机の形を現実にはあり得ない形として描いていたりしています。また本当はその絵に向かっ て左側の壁には暖炉の絵を描こうとしていたのだけれど見栄えを良くするため書きなおした跡などが、現在のX線技術などからわかっているそうです。言われて みると、左に暖炉があったりしたら、なんかごちゃごちゃして嫌な気がしますもんね。またフェルメールの絵のすばらしさは他の画家も認めるところであり、か の有名なダリはフェルメールの『針仕事をする女』の絵を世界最高の絵であり、この構図は宇宙を表していると称賛したとどこかの本で読んだことがあります。  

またフェルメールは絵の具にもこだわる人だったらしく、牛乳を注ぐ女の絵の青いスカートの部分を描くために、当時金と同じ価値のあった石を取り寄せたそうです。 

そんなわけで、やはり練りに練られた作品であるフェルメールの作品は、見るとハッとさせられる一見の価値がある作品であったと思います。



次に風俗画に画家たちが込めている思いについてです。

風俗画と聞いた時、みなさんはどんなイメージを思い浮かべますか?写実的で解釈の余地のないものだというイメージが浮かぶ人も多いのではないでしょうか。僕も行く前はそんな感じだったのですが、実はそうでないことを、この展覧会で初めて知りました。

例えば、風俗画における女性の描かれ方ですが、単に女性の使用人の風景を描いているシーンに多くの意味が込められています。居眠りはイコール怠惰で堕落した女性の象徴であったり、腕まくりは肌を露出させ男をまどわす女性の象徴であったりします。

また、小物類にもいろいろな意味があり、例えば酒場などが描かれた絵を見ると牡蠣の殻がよく落ちているのですが、それは当時牡蠣が美容にいいと言われていた食べ物だったこともあり、美容を目指して道徳を忘れる女性を象徴しているんだそうです。

そのほかのも、酒や色事に熱中する男性を揶揄する意味を持つ絵や、市民の愚かな行為を示す絵として猫にスプーンで餌を与える少年が描かれていたりします。

また、玄関の風景ばかりを書いた画家などは、玄関こそ外と内とが混ざる場であると考え、そこに起きる対比を示すことに意欲を燃やしていたそうで、物乞いをする少年と貴族の娘が対峙するシーンの絵などがありました。

まあ、こんなことを言うと昔の画家は市民を馬鹿にしてたのかと感じると思いますが、それだけではなくて例えば、市民社会こそが現実であり、普遍的であると いうようなことを示すために、例えば最後の晩餐をその部屋の奥にある台所からの視点で描いたような作品のように、よく描かれる聖書のシーンを市民の生活の 中の一部として描くような手法も流行したそうで、総括して言えるのは、やはり17世紀以降市民社会とはヨーロッパで注目せざるを得ないものであり、そこに 意味づけをしていく画家も多かったのだろうということでした。



最後に光についてです。

美術館を一通り見て私が持った感想はオランダの画家はやはり光をつかうのがうまいということでした。オランダといえば、光と闇の巨匠レンブラントが有名なのですが、彼のように光をうまく使っている作品が本当に多かったです。

例えば、暗闇の中で使用人が仕事をしたり、うたたねをしたり、色事をしたりしているのを、ろうそくの明かりが照らしているという形で描いている画家などが いたのですが、その人の作品はとても幻想的でした。また、作品展の最後に飾られている光に向かって祈る修道女の絵は、光に照らし出される服装の赤・白・茶 の対比がとても美しく、見る者をやはりハッとした気分にさせていました。



以上三点が、僕が面白いと感じた点でした。 
てなわけで、読んでいてわかったと思いますが、最初のガッカリ感を除けば、個人的にはかなり楽しめた作品展だったと思います。

もし行かれる方は、割引券が東京新聞のWEBサイトにあるので、ぜひ使いましょう。

ではでは。

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このページは、CM王国スタッフが2007年10月15日 17:32に書いたブログ記事です。

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